親の終活で見落としがちな「実家の住まい」:施設入居・他界後の手続き
親の終活を進める中で、準備すべきことは多岐にわたります。これまでの記事でも、医療や介護の意思表示、財産整理、お墓、お葬式などについてお話ししてきました。そうした中で、つい後回しにされたり、具体的にどうすれば良いか分からず立ち止まってしまったりしやすいのが、「実家の住まい」に関する手続きです。
親御さんが施設に入居されたり、もしものことがあったりした後、それまで暮らしていた家や部屋をどうするかは、遺されたご家族にとって大きな課題となります。持ち家なのか、賃貸なのかによっても対応は異なりますし、ご家族の状況によって最適な選択肢も変わってきます。
ここでは、親御さんが実家を離れた後の住まいについて、ご家族が知っておきたい主な選択肢と、手続きを進める上でのポイントを分かりやすくご説明します。何から始めれば良いか分からないと感じている方も、ぜひ最後までお読みいただき、整理の一助としていただければ幸いです。
なぜ「実家の住まい」の手続きが重要なのか
親御さんが住まなくなった実家をそのままにしておくと、いくつかの問題が発生する可能性があります。
- 管理負担と費用: 持ち家の場合、人が住まなくなっても固定資産税などの税金がかかります。また、定期的な換気や清掃、庭の手入れ、修繕など、建物を維持するための管理が必要です。遠方に住んでいる場合は、そのための時間や交通費もかかります。
- 資産価値の低下: 適切な管理がされないまま時間が経過すると、建物の老朽化が進み、将来的に売却や賃貸に出そうとした場合の価値が大きく下がってしまう恐れがあります。
- 近隣への影響: 空き家が長期間放置されると、雑草が生い茂ったり、不審者が侵入したりするなどの問題が発生し、近隣の方々に迷惑をかけてしまう可能性も考えられます。
- 手続きの煩雑化: 時間が経つほど、関係書類の紛失や関係者の高齢化などで、必要な手続きがより複雑になることがあります。
こうした問題を避けるためにも、親御さんが実家を離れるタイミングで、その後の住まいについて早めに検討し、計画的に手続きを進めることが大切なのです。
実家の住まいの主な選択肢
親御さんが住まなくなった実家について、考えられる主な選択肢は以下の通りです。それぞれの選択肢には、メリットとデメリット、そして必要な手続きがあります。
- 売却する
- 概要: 家と土地を第三者に売却し、現金化します。
- 検討ポイント: まとまった資金を得られる可能性があります。ただし、不動産市場の状況によって売却価格は変動しますし、売却が完了するまでに時間がかかることもあります。家財道具の処分や、必要に応じてリフォームや解体が必要になる場合もあります。
- 手続きの例: 不動産業者への相談、査定、売買契約、所有権移転登記、境界確定など。親御さんの名義になっている場合は、相続が発生しているかいないかで手続きが異なります。
- 賃貸に出す
- 概要: 家や部屋を他の人に貸し出し、家賃収入を得ます。
- 検討ポイント: 定期的な収入を得られる可能性があります。しかし、入居者の募集や契約手続き、入居中の管理や修繕など、手間がかかります。空室リスクや家賃滞納リスクも考慮する必要があります。
- 手続きの例: 不動産業者への相談(管理委託)、賃貸契約の締結、入居者募集、入居審査、建物の修繕・改修など。
- 家族が住む・利用する
- 概要: ご家族の誰かが住んだり、セカンドハウスや物置として利用したりします。
- 検討ポイント: 親御さんの思い出の詰まった家を残すことができます。ただし、住まない場合でも管理は必要ですし、固定資産税などの費用はかかり続けます。
- 手続きの例: 名義変更(相続や贈与)、リフォーム、維持管理の手配など。
- そのまま維持・管理する(当面)
- 概要: 将来のことは未定だが、とりあえず現状維持で管理だけ行う選択肢です。
- 検討ポイント: 時間的な猶予が得られますが、管理の負担や費用がかかり続けます。管理が行き届かないと、前述したような問題が発生するリスクが高まります。
- 手続きの例: 定期的な見回り、清掃、換気、郵便物の管理、公共料金の手続きなど。
どの選択肢を選ぶかは、実家の状態、立地、ご家族の経済状況、そして何よりも「その家を今後どうしたいか」というご家族の意向によって異なります。一つの選択肢に絞る前に、様々な可能性を比較検討することが大切です。
施設入居が決まった場合の手続き
親御さんが老人ホームなどの施設に入居されることになった場合、実家に関する手続きは、その家が持ち家か賃貸かで対応が異なります。
- 賃貸の場合:
- 賃貸借契約の解約手続きが必要です。
- 管理会社や大家さんに連絡し、退去の意思表示をします。契約書に定められた期間(通常は1ヶ月〜数ヶ月前)までに通知する必要があります。
- 引っ越し業者を手配し、家財道具をすべて搬出します。不用品は適切に処分します。
- 部屋の立ち会いを行い、原状回復義務に基づいて必要な修繕費用を精算します。敷金が返還されるかどうかも確認します。
- 電気、ガス、水道、インターネットなどの公共料金や契約を停止または解約します。
- 郵便物の転送手続きを行います。
- 持ち家の場合:
- すぐに売却や賃貸などの対応をしない場合でも、家の管理体制を整える必要があります。
- 定期的な見回りや清掃、換気を誰が行うのか、ご家族で分担を決めるか、管理を委託するかなどを検討します。
- 郵便物の管理方法(転送や定期的な回収)を決めます。
- 電気、ガス、水道などの契約を、使用状況に応じて「停止」するか「最低限の使用ができる状態」にするかなどを検討します。防犯のため、電気は完全に止めない方が良い場合もあります。
- 固定資産税は引き続き発生します。
施設入居は新しい生活の始まりであり、親御さんのサポートに加えて実家の手続きも進める必要があるため、ご家族の負担は大きくなりがちです。焦らず、一つずつ確認しながら進めることが大切です。
親が他界した場合の手続き
親御さんがお亡くなりになった場合、実家は相続財産の一つとなります。実家をどうするかは、遺産分割協議(相続人全員での話し合い)で決定するのが一般的です。
- 相続人の確定と遺産分割協議:
- 誰が相続人になるのかを戸籍謄本などで確定します。
- 相続人全員で、実家を含めた遺産をどのように分割するか話し合います。これが遺産分割協議です。
- 話し合いがまとまったら、遺産分割協議書を作成します。
- 不動産の名義変更(相続登記):
- 実家を相続する人が決まったら、法務局で所有者の名義を親御さんから相続人に変更する手続き(相続登記)が必要です。この手続きは2024年4月1日から義務化されました。
- 遺産分割協議書や戸籍謄本など、複数の書類が必要になります。ご自身で行うことも可能ですが、司法書士に依頼するのが一般的です。
- 実家をどうするかの実行:
- 遺産分割協議で決まった内容に基づき、売却、賃貸、相続人が住むなどの対応を進めます。
- 売却の場合: 不動産業者に依頼し、買主を探します。売買契約を締結し、所有権移転登記や引き渡しを行います。売却代金は、遺産分割協議書の内容に従って分配します。
- 賃貸の場合: 不動産業者(賃貸管理会社)に相談し、入居者を募集します。賃貸契約を締結し、管理を委託します。
- 相続人が住む場合: 必要に応じてリフォームなどを行います。
- 共有で所有する場合: 複数の相続人で一つの不動産を共有名義で所有することも可能ですが、将来的な管理や売却の際に意見の対立が生じやすいという側面もあります。
- 公共料金などの停止・名義変更:
- 電気、ガス、水道、電話、インターネット、NHK受信料など、親御さん名義の契約を停止または名義変更します。金融機関の口座引き落としになっている場合は、口座が凍結される前に手続きをするか、料金を立て替えるなどの対応が必要になります。
- 郵便局に死亡届と転居届を提出することで、一定期間、親御さん宛ての郵便物を転送してもらうことができます。
相続が発生した場合の実家に関する手続きは、相続の知識も必要となるため、ご自身だけで進めるのが難しいと感じるかもしれません。その際は、司法書士や弁護士、税理士などの専門家への相談を検討してください。
手続きを進める上での注意点
「実家の住まい」に関する手続きは、多岐にわたり、専門的な知識が必要になる場面もあります。スムーズに進めるために、以下の点に注意しましょう。
- ご家族との話し合い: 終活全体にも言えることですが、実家を今後どうするかは、ご家族全員でしっかりと話し合うことが最も大切です。それぞれの考えや希望、状況を共有し、納得のいく形で合意形成を目指しましょう。
- 親御さんの意思確認: 親御さんが元気なうちであれば、今後、実家をどうしたいと考えているのか、意向を確認しておくことも重要です。ただし、住まいに関する具体的な話は、親御さんにとって心情的に受け入れがたい場合もあります。無理強いせず、日頃からのコミュニケーションの中で少しずつ話題にしてみるなどの配慮が必要です。
- 関係書類の整理と確認: 権利証(登記済権利証または登記識別情報)、固定資産税の納税通知書、建築確認済証、間取り図、リフォーム履歴、購入時の契約書、賃貸借契約書など、実家に関する重要な書類をどこに保管しているか確認しておきましょう。これらの書類は、売却や相続手続きなどで必要になります。
- 専門家への相談: 不動産の売却や賃貸、相続登記、遺産分割など、専門的な知識や手続きが必要な場合は、迷わず専門家(不動産業者、司法書士、弁護士、税理士など)に相談しましょう。早い段階で専門家の意見を聞くことで、適切な判断ができ、手続きもスムーズに進められます。
まとめ
親御さんの終活を進める中で、「実家の住まい」に関する手続きは、ご家族にとって大きな課題の一つとなり得ます。人が住まなくなった実家を放置すると、様々な問題が発生する可能性があります。
大切なのは、親御さんが元気なうちから、あるいは施設入居や他界といった節目を迎える前に、ご家族でしっかりと話し合い、実家を今後どうするか、早めに検討を始めることです。売却、賃貸、家族が住む、維持管理するなど、いくつかの選択肢がありますが、それぞれのメリット・デメリットを理解し、ご自身の状況に合った最善の方法を選びましょう。
手続きを進める上では、ご家族間のコミュニケーション、親御さんの意思の尊重、関係書類の確認が重要です。専門的な手続きが必要な場合は、一人で抱え込まず、司法書士や弁護士などの専門家に相談することも有効な手段です。
この情報が、ご家族が「実家の住まい」について考え、具体的な一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。